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クリエイターズ・チョイス55:ポスト3・11の希望を考える美術作家 ヤノベケンジ

未来の廃墟、そして希望をテーマに制作を続ける美術作家。

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チェルノブイリの人々への贖罪意識から、代表作《アトムスーツ》を脱ぎ捨てる。

 もう一つヤノベさんがこだわってきたモチーフに、手塚治虫さんのマンガ『鉄腕アトム』がある。「アトム=原子」という名前が示す通り、原子力で動く少年型のロボットが主人公。ヤノベさんは1997年に、ガイガーカウンターつきの放射能防護服《アトムスーツ》を制作したが、その形状のヒントにもなった。チェルノブイリ訪問の際に着たのも、このアトムスーツである。

 「チェルノブイリは実際には、その場を離れることができずに生活している子どもやお年寄りの方がたくさんいて、それ以降チェルノブイリで出会った人々に対する贖罪意識を背負い込んだ。それをどうポジティブなものに解消して行くかというテーマで作品を作ってきたんです」

 そうしたヤノベさんの試みが結実したのが、2003年に国立国際美術館で開かれた展覧会「メガロマニア」だった。大阪万博の会場跡地である万博記念公園内で開かれた展覧会で、ヤノベさんは《アトムスーツ》を着用して《太陽の塔》に登るパフォーマンス《太陽の塔乗っ取り計画》を行う。

 「そのとき僕は図らずも《太陽の塔》の根底にあった意味を補完したんじゃないか。つまり《アトムスーツ》によって原子のエネルギーという意味を《太陽の塔》に補完したんじゃないかと思ったんです。それと、このプロジェクトをやった2003年は、鉄腕アトムの生誕50周年でもあったんですね。鉄腕アトムは最終回に、人類を救うために爆弾を抱えて太陽に突入して消えてしまう。だから《太陽の塔》に融合した《アトムスーツ》も、もう二度と着ないと宣言して脱ぎ捨てしまったんです」

 そんな展覧会の会場には、岡本太郎さんのパートナーだった、岡本敏子さんも訪れていた。2001年にヤノベさんは、岡本太郎記念館で行われた連続講座「岡本太郎と語る」に招かれ、その席上で《太陽の塔乗っ取り計画》のプレゼンテーションを行った。敏子さんとはその頃からのおつきあいだ。

 「作品のことを何か言ってくれるかと思ったら、敏子さんは僕の顔を見るなり『見つかったのよ、見つかったのよ!』って。『何が見つかったんですか』と聞いたら『《明日の神話》が見つかったの!』」

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プロフィール

ポスト3・11の希望を考える美術作家

ヤノベケンジ ( Yanobe Kenji )

1965年大阪府生まれ。京都市立芸術大学大学院在学中の1990年、生理食塩水を入れたタンクの中へ浸かって鑑賞する《タンキング・マシーン》で注目を浴びる。1990年代後半、ガイガーカウンター付き放射能感知服を着てチェルノブイリなどを訪ねる「アトムスーツプロジェクト」を発表。以降、子どもの命令しか聞かない高さ約7mのロボット《ジャイアント・トらやん》や、稲妻状の放電をする巨大球体《黒い太陽》、第五福竜丸をモチーフにした《ラッキードラゴン》など話題作を次々に発表し、注目を集め続けている。

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作品

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クリエイターズ・チョイス

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