建築をめぐる「天・地・人」を意識した、サーフィンと沖縄との出会い。
「そうして2年ぐらいやってたのかな。あるとき友達にサーフィンに誘われて、もうちょっと楽しく、いろいろやっても良いのかと思い出した」
おかげで「サーフィンもする左官」というイメージができた久住さんだが、もう一つ重要な出会いがあった。もともと親御さんの章さんと親交のあった、建築家の丸山欣也さんとの出会いである。丸山さんは風土にあった建築を提唱し、沖縄の名護市庁舎の設計を手がけた建築家。伝統的な沖縄の建築様式を採り入れた名護市庁舎は、全体にガジュマルの木やブーゲンビリアが絡み付き、柔らかな木陰を作り出す建築。日本の現代建築を語る上で欠かせない名作である。
「そんな丸山さんから、沖縄でワークショップやるから、サーフィンがてら来ないかって言われて。まずは地元を歩きましょうっていうことで、学生に混ざって沖縄を歩いた。そしたら沖縄の集落は、都市計画やないけども、住民自身が50年もかけて、計画を立てて作っていると知った。石灰も沖縄では貝殻から作っていて、その石灰づくりも体験したり。自然があって人間がいて暮らしがあって、初めて建築がある。建築は作ったときに完成じゃない、というのがよくわかった。これが人生の岐路でしたね」
これ以降、久住さんはその土地の暮らしや自然を意識しながら、左官の仕事をするようになる。土選び、材料選びはもちろん、地元の暮らしの調査から、作業を始めることもある。そして現在、久住さんは通常の仕事以外に、日本の左官を伝えるワークショップを、世界中で展開する日々を送っている。
「丸山さんの紹介で、最初はフランスかな。年1回は行きますね。印象的やったのは2007年にナントのビエンナーレでやったワークショップ。美術館や劇場、日本庭園などを、学生と一緒に作る大規模なもの。学生が1週間ごとに30人ぐらいずつ来て、朝からラジオ体操と朝礼やって、本格的にやりました」
そしていま久住さんの個展では、神話の世界が展開されている。神話、土地、そこに生きる人の暮らし。「天・地・人」のすべてを意識しながら、久住さんは仕事に取り組もうとしている。
プロフィール
左官
久住有生(くすみ・なおき)
1972年、兵庫県淡路島生まれ。父はカリスマ左官として知られる久住章(くすみ・あきら)。三代続く左官の家に生まれ、3歳で初めて鏝を握る。17歳でケーキ職人をめざして渡欧するも、ガウディの建築を目にして左官をめざす。18歳で親元を離れ、さまざまな親方の許で左官を学び、23歳で独立。ドイツ、フランス、京都などで左官技術を磨き、歴史的建造物の修復の仕事に携わる。2006年にはテレビ番組「情熱大陸」(MBS)に出演、若手左官のホープとして紹介される。