ジャズもロックもフォークも歌謡曲も、いいものは、ぜんぶ大好き。
UA、くるり、おおかた静流などの作・編曲からプロデュースまで手掛けるクリエイターが今回の主役。内橋和久さん、最近は日本で最も尊敬する音楽家である細野晴臣さんとも出会い、ライブでの共演やアルバムへの参加も果たす。近年ではインディーズのフェスティバルやライブ企画、プロデュース活動での活躍も目覚ましいが、本業はギタリストである。即興演奏をご存じだろうか?英語で「インプロヴィゼーション」、その場その瞬間にひらめいた音を奏でる、つまり作曲と演奏を同時にやってしまうようなものだ。ご存じない方は、「内橋和久」「アルタードステイツ」でネット検索してみてほしい。You Tubeで彼の演奏を聴くことができる。いわゆる流行歌ではないし、私たちにはなかなか馴染みのない音楽。だけどなにか心地よい、不思議な感覚に見舞われることだろう。
内橋さんの子供時代は、たくさんの歌謡曲や海外のヒットソングで鮮やかに彩られていた。好きだったのは園まり、北原ミレイ、弘田三枝子。子供が聴いて喜ぶような曲ではないと思うのだが、それは現代の感覚らしい。
「当時はみんなそうでした。いわゆるアイドルがいなかったから。親戚が持ってるレコードでリズム&ブルースを聴くようになりました」はじめて買ったレコードはエルビス・プレスリー。小学校5年生だったそうだ。「当時は音楽が細分化されてなかったので、出るもの出るもの片っぱしから聴いてたんです。いいものがどんどん世の中に出てたから、いや、いいものしか、出てなかった時代だから」
1960年代の音楽をこよなく愛し、音楽をとりまく時代そのものを愛しているようだ。即興演奏家の素顔は、意外に親しみやすく温かい。最初に手にした楽器がエレキギターだった。「1万円の安いやつ」だそうだ。中学ではビートルズのコピーバンドを始める。ただし2軍だった。内橋さんが入るより先に4人そろってしまったからだ。高校時代はサンタナに憧れ、コピーしまくったという。「すごいギターヒーローだった。とにかく好きで、ぜんぶ耳で聴いて覚えた。どう弾いてるか分かんないから想像するんですよ。『この音は、こう弾かないと出ないはずだ』って。音のニュアンスとかいろいろと想像してました。今は、ぜんぶどこでどう押さえるか書いてある。そうすると、想像力がなくなってくる。便利になると想像力を使わなくなる、それが問題なんですよ」
内橋さんは現代のミュージックシーンをあまり褒めない…どころか苦言を呈した。「今の日本は、なんでも手に入る国になっちゃってるから、逆にいい音楽を選んで聴くというのがすごく難しくなってきてるんです。では「いい音楽」とはどういうものを指すのだろう。「直感ですよもちろん。ありきたりのもんじゃないってこと。ちゃんとその人のものってこと。今は、どこにでもあるようなものばかりなんです。昔は、聴けば、これは誰っていうのがすぐわかるくらい、みんな個性があったんですよ。独特だった」そんなサンタナ、ピンクフロイドなど当時好きだった音楽を改めて再聴し、当時の録音をライブでそっくり再現するという企画のライブを、自身のリーダーバンド「アルタードステイツ」で毎年開いている。好きなもの、おもしろいことを放っておかない人なのだ。
プロフィール
ギタリスト:内橋和久(うちはし・かずひさ)
ギタリスト・ダクソフォン奏者・編曲者。1959年大阪生まれ。12歳でギターを手にする。フォーク、ロックのバンド活動を開始。大阪外国語大学在学中にライブハウスやスタジオで音楽活動を続ける。1983年ごろから、即興演奏を中心とした音楽活動に取り組む。1995年より、神戸のライブハウスビッグアップルにて、NEW MUSIC ACTION(即興演奏のワークショップ)を毎月開催。即興音楽の普及と若手の育成に力を注ぐ。1996年よりニューミュージックフェスティバル「フェスティバルビヨンドイノセンス」を毎年開催。2002年にはNPOビヨンドイノセンス設立。大阪の西成にライブスペース「Bridge」を2007年まで運営。プロデューサーとしての活躍も目立つ。劇団「維新派」の音楽監督、高橋悠治や鈴木昭男との共演などコンテンポラリーシーンから、UA、おおかた静流、くるりなど多くのミュージシャンへの楽曲提供やプロデュース、共演など活動は多岐にわたる。2005年よりウィーン在住。
ムービー
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