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クリエーター・ファイル19“活動屋魂を秘めたホラー作家”中山市朗

黒澤明に憧れた映画青年が、実話ホラーの大家になるまで。

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フリーの助監督の映画青年、世界のクロサワのメイキングを撮る。

「学生の頃、たまたまコラムニストの竹内義和さんと知り合って、しょっちゅう事務所に遊びに行ってたんです。それも『またお前か、もうええわ』と言われるくらい(笑)。そうこうするうち、そんなに映画が好きなんやったら、いっぺん現場に入ってみるか、と。それで入ったのが和泉聖治監督の現場だった」

いまや『相棒』が大ヒットの和泉監督だが、映画には監督、ファースト助監督、セカンド、サードとあって、しんどい仕事ほど下に行く。中山さんが与えられた仕事は、サード助監督のそのまた下。要するに丁稚のような仕事で、いきなり女性用パンツを買いに走らされたこともあった。そのままフリーの助監督になったが、どうしても監督がやりたくてたまらない。そこで思い立ったのが、大作映画『乱』を準備中だった、黒澤明監督のメイキングを撮る企画である。

「現場にビデオを持ち込んだ勝新太郎に激怒して、キャスティングから外したことで黒澤監督は有名。黒澤組のビデオは絶対無理やと言われました。でも僕は『お前、ほんなら黒澤さんと話したんか』と。黒澤さんは勝さんが無断でビデオを持ち込んだことに怒ったのであって、許しを得て入れば怒るはずがない。しかも黒澤さんは『影武者』で、まったくの新人だった髑蜑さんらをオーディションから大抜擢するなど、人材育成に熱心な人。俺は黒澤さんの本は全部読んだ、黒澤さんが断るはずがない、と突っ張りました」

企画書を映画配給会社に送り、送っただけでは読んでくれまいと、まずは上京。そして毎日毎日電話した。だが相手も天下の黒澤担当、そう簡単には電話に出ない。毎日電話をかけ続け、やっと電話が担当に通じた。

「どこにいるのかと聞かれて、すぐ下です、と答えた。相手のビルの1階の喫茶店から、毎日上の階に電話をかけてたんです。すぐ上がってこい、という話になった」

メイキングの話は民放1社、国営某局から来ていた。民放局からは企画書が上がっておらず、国営局は企画書は挙げていたものの担当が海外ロケ中。企画書と人間が揃っていたのは中山さんだけだった。こうして即決。組織を持たないフリーの助監督が、世界のクロサワのメイキングを手にした瞬間だった。

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プロフィール

作劇塾

作家:中山市朗(なかやま・いちろう)

1959年、兵庫県生まれ。大阪芸術大学映像計画学部卒業後、和泉聖治監督の映画『魔女卵』で、制作進行を務める。テレビドラマ、映画の助監督を経たのち、黒澤明監督『乱』のメイキング現場演出を担当。1990年、木原浩勝との共著『新・耳・袋 あなたの隣の怖い話』(扶桑社)を上梓。『新耳袋』(メディアファクトリー)として復刊、シリーズ化され、300万部の売上を記録。ホラーやお笑い番組の構成作家のほか、2004年からは『中山市朗 作劇塾』の塾頭も務める。

作品

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クリエーターズ・チョイス

そのための人材を育てる。 クリエーターズ・チョイス19「大阪再生の鍵、『作劇塾』」