現代の百物語の書き手は、黒澤明3本立てで開眼した映画青年。
2階の部屋の窓の外を、誰かの人影がすっと横切る。真夜中の山中の廃車から、着物の女性がおいでおいでをする。戸建ての家の天井裏から、何かが這い回る音が聞こえる……。中山さんと木原浩勝さんの共著『新耳袋』は、そんな怪異体験を、淡々と記した現代の百物語だ。
初版は1冊に100話を収めた、まさに「百物語」の構成だったが、関係者に変事が相次いだため、再版からは1冊に99話に改変した、いわくつきの書。余計な脚色や因縁話を、一切排したリアルさがウケて、ついには全10巻の大ベストセラーになった。映画やビデオ、マンガにもなったので、活字以外で見た人も少なくないかもしれない。とはいえ著者の中山さんは、ホラー一筋の人ではない。
子ども時代は兵庫県のど真ん中で、野山で泥んこになって過ごしてましたね。子どもの頃は美術だけがクラスの一番か二番で、漫画家をめざしたこともある。自分で描いた原稿をホッチキスで留めて、雑誌作ったこともあるんですよ。『少年パーフェクト』とかいうタイトルもつけて(笑)」
ところが同じクラスのなかに、自分よりもマンガのうまい級友がいた。「こんな田舎でも一番になれんようでは、とうていプロにはなれない」と、まんが家デビューを諦めたという。さりとて美大には行きたいし、どうしようかと迷っていたとき、巡り会ったのが映画である。
大阪の画塾に通う帰りに、黒澤明監督の3本立てをやっていた。『用心棒』と『椿三十郎』、『隠し砦の三悪人』で、これはすごい! と。調べてみたら大阪芸大に、黒澤組の宮川一夫先生がいらっしゃるとわかった。これで即決ですわ」
故・宮川一夫さんといえば黒澤組のほか、溝口健二監督の映画でも、必ずカメラを担当した伝説のカメラマン。さっそく大阪芸大に入学し、誰よりも映画を見て誰よりも多く撮ろうと決意。1年365日、絶対にスクリーンで映画を見て、年に2本は自主で撮るという荒行を続けた。そして大芸を卒業後、中山さんは映像のプロへの道を歩み出すのである。
プロフィール
作劇塾
作家:中山市朗(なかやま・いちろう)
1959年、兵庫県生まれ。大阪芸術大学映像計画学部卒業後、和泉聖治監督の映画『魔女卵』で、制作進行を務める。テレビドラマ、映画の助監督を経たのち、黒澤明監督『乱』のメイキング現場演出を担当。1990年、木原浩勝との共著『新・耳・袋 あなたの隣の怖い話』(扶桑社)を上梓。『新耳袋』(メディアファクトリー)として復刊、シリーズ化され、300万部の売上を記録。ホラーやお笑い番組の構成作家のほか、2004年からは『中山市朗 作劇塾』の塾頭も務める。
