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クリエーターズ・チョイス19“活動屋魂を秘めたホラー作家”中山市朗

大阪再生の鍵、『作劇塾』

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大阪を再生させるのは文化だけ。落語にこめた、大阪再生への熱い思い。

いまではすっかりホラー作家として知られる中山さんだが、実は落語の大ファン。諳んじる落語も少なくない。たとえば仁鶴さんの十八番「延陽伯」、江戸落語では「たらちね」と呼ばれるものだ。

長屋の喜六が嫁をもらうが、このお嬢さん、京都の公家さんへ奉公したおかげで、言葉遣いが少々丁寧すぎる。自己紹介一つとっても「自らことの姓名は、父は元京都の産にして、姓は安藤、名は慶三……」とえんえん続き「それは幼名、成長ののちこれを改め延陽伯と申しはべるなり」で終わる。要するに名前は「清女」なのだが、これを喜六は全部が名前だと勘違いして、頓珍漢な紹介をやらかすわけだ。話の胆は長い延陽伯の自己紹介にあるから間違えてはいけないのだが、中山さんは全部これを空で言える。

「中学2年のあっつうい夏休み、松鶴さんの落語をたまたまラジオで聞いたら、夕涼みの場面が出てきた。周りはムンムン蒸し暑いのに、江戸期大阪のすうっとした夕暮れが、目の前に浮かんできたんです。言うたらオッサンが座布団一枚に座って喋ってるだけやのに、一体これはなんなんや! と」

以来、落語の魅力にハマり、落語のビデオやDVDは、自宅に山ほどある。落語は笑い噺だけでなく、人情噺や怪談もある。テンポ、リズム、間の取り方など「あらゆるエンターティメントの基本は落語から学べ」というのが持論だ。『新耳袋』の成功も、落語で学んだ間の取り方を活かしたからだ、と断言する。

「上方は落語だけでなく、文楽も歌舞伎も生んだ文化の町。新国劇だって大阪から出て来た。道頓堀も江戸時代には浪速五座と言って、五つも芝居小屋のある、ブロードウェイのような劇場街だったんです。それがいまや松竹座しか残ってなくて、あとは飲食店ばかり。橋下知事は文化施設を畳んでまえ、替わりに桜の木を植えろと言う。桜が植わっただけの飲食街なんか、日本中どこ行ってもありますやんか。大阪を再生させるのは文化だけ、これだけはデカデカと書いといてください」

落語好きが昂じたあまり、自身も「桐の雄加留斗」の高座名で落語を披露する。最終的にめざすのは大阪文化の復権。そのために中山さんは4年前から、ある試みを続けている。「中山市朗 作劇塾」である。

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プロフィール

作劇塾

作家:中山市朗(なかやま・いちろう)

1959年、兵庫県生まれ。大阪芸術大学映像計画学部卒業後、和泉聖治監督の映画『魔女卵』で、制作進行を務める。テレビドラマ、映画の助監督を経たのち、黒澤明監督『乱』のメイキング現場演出を担当。1990年、木原浩勝との共著『新・耳・袋 あなたの隣の怖い話』(扶桑社)を上梓。『新耳袋』(メディアファクトリー)として復刊、シリーズ化され、300万部の売上を記録。ホラーやお笑い番組の構成作家のほか、2004年からは『中山市朗 作劇塾』の塾頭も務める。

作品

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  • 作品1
  • 作品2
  • 作品3
  • 作品4
  • 作品5
  • 作品6
  • 作品7
  • 作品8
  • 作品9

クリエーター・ファイル

黒澤明に憧れた映画青年 クリエーター・ファイル19“活動屋魂を秘めたホラー作家”中山市朗