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クリエイター・ファイル18“心と命で生ける華道家”片桐功敦

型破りの異業種コラボに挑戦、型でなく心で生ける、若き華道家。

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24歳で家元襲名、日本の伝統と自然を「ひとり大学」で学んだ日々。

大阪府は堺市、仁徳天皇陵のすぐ近くに、片桐さんが家元を務める、花道みささぎ流の本部はある。華道の家元と聞いて身構えていたが、出てきた片桐さんを見て驚いた。60年代のカリスマ・ミュージシャン、ルー・リードがプリントされたTシャツ。長髪、デニム、しかも若い。弱冠33歳だという。

「小6の時に父を亡くしまして、以来みささぎ流は祖父のもと、後継者不在で続いてきました。その祖父も私が20歳の時に亡くなって、24歳という異例の若さで、私は家元を継いだんです。『たぶん継ぐんだろうな』とは思っていましたが、なにぶん若くて、なんの準備もしてませんでしたね」


華道の起源は神道に遡るとも、仏教伝来のときに遡るともいう。神前、仏前に供える供花(くげ)に始まり、次第にそれが洗練されて様式となり、室町の頃に現在の基礎が整ったというから、大変な歴史を持つ文化である。そんななかで比較的、みささぎ流は若い流派である。功敦さんのご祖父様が作られたというから、まだ100年と経っていない。とはいえ、こうした華道の歴史を、知らずに済ますわけにはいかない。まるで「ひとり大学」のように、しゃにむに勉強を続けたという。

「帰国した20歳の頃なんて、まるで華道のことを知りませんでした。華道のおおまかな歴史こそ知っていましたが、華道発展の背景にあった、神道や仏教になるとよくわからないし、江戸期に華道が町人文化に根を下ろしていった過程も知らない。どの花がどの季節に咲くのかすら曖昧でした。季節の違う花を一緒に生けると、見る人の花の知識の有無にかかわらず、なんとも奇妙な仕上がりに見える。そうしたことを一つひとつ手探りで学ぶ日々でした」

花そのもの、花の生け方、花の歴史や文化や思想を、手探りで猛烈に勉強した。月々の収入は給与制で、なけなしの給料は日々の花代に消える。料亭やレストランに飛び込み営業をかけ、店内に飾る花の「生け込み」の仕事で食いつないだ。実践の場で勉強を続け、他流派の写真集が出れば買い求め、展覧会があれば出掛けていく。日本の伝統と自然を学ぶスパルタ教育を、自分で自分に施したのである。

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プロフィール

主水書房

華道家:片桐功敦(かたぎり・あつのぶ)

1973年、堺市生まれ。花道みささぎ流の家系に育つ。中学卒業後、米国留学。現地で大学に進学するが、1994年帰国。1997年、24歳という異例の若さで家元を襲名。2001年、弘川寺(ひろかわでら)で初個展。2005年、教室とコラボレート・スペースを兼ねた主水書房を開設、2007年、BIWAKOビエンナーレ出品。2008年、写真集『見送り/言葉』を刊行。画家でデザイナーの東學の個展に参加するなど、異分野とのコラボ多数。

作品

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クリエイターズ・チョイス

みささぎ流の心は「命」にある。 クリエイターズ・チョイス18「アクセサリーと種の数珠」