花がかつてこの世を生きた、かけがえのない証を封じたガラス瓶。
片桐さんはかつて、国際美術展「BIWAKOビエンナーレ2007」に出品した際、古民家をそのまま活かしたインスタレーション(空間展示)を展示した。先述した写真家の津田直さん、そして左官の久住有生さんとともに作り上げた作品で、原初の地球にインスパイアされたものだ。
「津田さんが作ったのは障子の部分。実はこの障子には非常に細かな穴が、お線香で開けてある。それが日本の冬の星座と、ぴったり重なるようにできているんですね。久住さんが作ったのは地面の部分で、薄く溶いた壁土を塗って、それをガスバーナーで炙ってある。地球が生まれて海が干上がり、大地ができあがるまでの数十億年を、早回しにしたような光景です」
障子で作られた星空と、壁土で作られた大地の間に、片桐さんは「海」を置いた。そして、そこに花ではなく、無数のひまわりの種を生けた。岸和田の小学生たちが育てた、ひまわりの花の種。一粒ずつを針に刺して、海上を漂う生命のように、水面に生けた。また、この「海」には結界をめぐらすかのように、種で作った数珠を張り巡らせ、種からは課外授業で小学生とともに油を絞り、油から蝋燭を作って火を灯した。空と大地と生命と、人の生み出す文明の灯りを、古民家の中に封じ込めたのだ。
「刺し子のように一粒ひとつぶ、ひまわりの種を刺して作ったのが、このひまわりの種の数珠なんです。一体何個あったのが、最後の方はわけがわからなくなりましたが、恐らく数千個はあったんじゃないでしょうか。会期が終わって残ったのが、このガラス瓶の中にあるものです」
華道はいわゆる「美術作品」と違って、会期が終われば消え失せてしまう。花は会期中にその命を燃焼させ、記憶の中にだけその残像を留める。生命を賭けて輝いた植物を、そのまま捨ててしまうに忍びなくて、片桐さんはその痕跡を、こうして取っておくことがあるという。桜の花びらを拾い集めて展示した際にも、その花びらを取っておいた。すっかり枯れたその花びらは、いまもガラスの瓶詰めにされて、大切に保存されている。それは、かつて花がこの世に生きた、かけがえのない証なのである。
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プロフィール
主水書房
華道家:片桐功敦(かたぎり・あつのぶ)
1973年、堺市生まれ。花道みささぎ流の家系に育つ。中学卒業後、米国留学。現地で大学に進学するが、1994年帰国。1997年、24歳という異例の若さで家元を襲名。2001年、弘川寺(ひろかわでら)で初個展。2005年、教室とコラボレート・スペースを兼ねた主水書房を開設、2007年、BIWAKOビエンナーレ出品。2008年、写真集『見送り/言葉』を刊行。画家でデザイナーの東學の個展に参加するなど、異分野とのコラボ多数。
