これだ、って思えた字は、もうどうやって書いたか覚えてない。
彼女のパフォーマンスは凄い。なにか武道の真剣勝負を見ているような、息を呑む迫力なのだ。直立して紙に相対する。張りつめた緊張感。最小限の動きで紙の上にかがみ込み、筆を握りしめて、ぴたり。体と筆が、静止する。ほんの一刻をおいて、筆が走り、紙を突き、引き裂くように、字が現れる。初めて見る人は、一瞬、呼吸が止まるだろう。彼女の「気」の凄さに息が詰まるのだ。
書家、華雪さん。その日は大阪でのワークショップを終え、パフォーマンス イベントに向けて京都の個展会場へ移動。そのイベント直前の貴重な数十分を、取材に割いていただいた。場所は京都市左京区一乗寺、恵文社のギャラリーアンフェール。黒づくめの服を着た華雪さんは、それでなくても線の細い華奢な印象が、さらに強調されている。まっすぐな黒髪が美しい。
書くことを始めたのは、5歳のころ。その後の彼女の創作スタイルに、大きく影響を与えることになる書道教室に通い始める。そもそものきっかけは、妹さんの左利きを矯正するためだった。妹さんの方はじきに飽きてしまい、華雪さんだけがその後15年あまり、この書道教室に通い続けることになる。「1週間のあいだにおもしろいことがあったら、それをひとことに集約して半紙に書く、という時間があったんです。その時間が楽しかった。はっきり覚えています」具体的に何を書いたかは記憶にないが、その楽しさだけは覚えているという。「いっぱい書くのはダメで、単語を書くんです。チョコレートがおいしかったら、“チョコレート”と書く。日記を凝縮したような形です。きれいに書きなさいとは言われないんです」
好きな絵本のお話を転記する時間もあったそうだ。紙とペンをいろいろな種類の中から選ぶことができ、絵本のすべてのページを1枚の紙に書く。「ねずみがお月様をみて、チーズだと思ってずっと追いかけていくお話をよく覚えています」後に調べると、これは『ちいさいねずみ(さとうわきこ作)』だった。小学校に上がり漢字を習い始めると、書道教室では漢字の象形文字を教えるようになる。字を書くわけではなく、その成り立ちを知るのだ。「“成り立ち”という言葉も、この教室で知りました」。
現在の書にまつわる活動は、ほとんどがこの子供時代の書道教室が出発点になっているといえる。人生で初めて書に出会い、字の成り立ちや、書くこと、言葉を選ぶことを覚えた大切な場所。華雪さんが教室の話をするとき、その表情はおだやかに、楽しげになる。こんなふうに子供時代から、今につながる貴重な体験を積み重ねることができる人は、少ないのではないだろうか。少し羨ましくさえある。ただ、彼女は与えられた環境に甘んじていたわけではない。字を書くことについて紆余曲折を経て、彼女が自力で出した結論がそうだった、ということなのだ。
「子供だったその当時は、なんのためにやっているかっていうのは、特に教わっていなかったと思うんです。大人になっていろいろやってみて、結局たどり着いたのが、実は子供のころ教室でやっていたことだった、っていうことになりますね」。
プロフィール
書家
華雪(かせつ)
書家。1975年京都生まれ。東京在住。1992年より、個展を中心に活動を続けながら、ワークショップも積極的に開催している。現在、東京、大阪、京都の3会場で篆刻などのワークショップを定期的に行っている。また作家活動の他、ロゴ、シンボルマークなどのデザインワークも手がける。著書に『石の遊び』2003年、『書の棲処』2006年、またデザインワークでは『成城散歩』篆刻2006年、詩の同人誌『径』ロゴタイプ2006年、『石原慎太郎の文学(全集)』題字(書・篆刻)2006年など多数。
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作品
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CREATOR WORKS 写真提供:株式会社 赤々舎
(書籍『書の棲処』より転載)
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※下段中央・右の2点は編集部撮影
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