自分の髪で作った筆だから、筆のせいにできない。
華雪さんの筆は独特だ。穂が極端に長い。12、3cmはあるだろうか。“長峰”というのだそうだ。バケツの水で筆を洗うと、華雪さんは必ず右手でぎゅっとしごいて水を切る。静かに硯の墨に穂を浸して、反古紙で手を拭き、そして穂の根もとを力一杯にぎりしめて書く。穂が長いため、根もとを握るのがいいのだそうだ。この筆はいわく付きで、10歳のころ、髪を切ることを書道教室の先生に話すと、「髪で筆をつくる」ことを勧めてくれたという。これが実は勘違いで、一般的には赤ちゃんの最初の髪の毛を記念としてカットし、小筆をつくることはあっても、大人の髪で筆をつくることは、普通はしないのだそうだ。いずれにしろ先生の言葉を信じた華雪さんは、切った自分の髪を先生に託し、先生は専門の店にそれを持ち込み、少々驚かれたらしいが、なんとか筆に仕立てるまでに至ったのだという。根もとまで墨に浸されたその筆は、太く長く、華雪さんの細い腕や指には、少々アンバランスに見えた。この筆が水を含むと、今、彼女の頭に生えている髪と同様、おかしな方向にはねるクセが出るのだという。なんだか分身のようだ。すると彼女は言った。「自分の髪でわざわざ誂えたものだから、かえって、筆のせいにできないというところがあります」そういうものだろうか。とにかく華雪さんは、自分に厳しい。
「この筆は、実際書きづらいし、ぜったい思い通りにならないんです。言うことを聞いてくれない。でも離れられないというか。昨日はうまくいったのに今日はだめ、ということもよくあって、挑んでしまう」のだそうだ。確かに、素人目だが書き辛そうに見える。紙を覆うようにかがみこみ、足と左手で体を支える。肘を張り、腕全体を使って字を書く。全身を動かし、腕や手首を複雑に動かして、一画一画書き上げる様子を見ていると、おそらく体には相当な負担がかかっているだろうと思われた。けれどもそんな筆を使って20年余り、もう戦友のような存在なのではないかと想像する。
ひと文字書き終わるごとに、華雪さんは毛氈がわりの絨毯(裏返して使っているらしい)を、丸めた反古紙でごしごしと拭く。絨毯に付いた墨を拭き取るのだが、その作業を観客たちは黙って見つめる。その直前に書いた字のことを想うのか、次に書く字のことを想うのか、華雪さんの表情は変わらない。ただ、ごしごしという音が会場を埋めるのだ。これが、なにか儀式のような厳かな空気を醸して、観客たちも心をリセットして、次に書かれる字を待つ態勢になる。そんな自分自身の心の動きにまで敏感になってしまうほど、華雪さんのパフォーマンスは求心的な力を持っていた。
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プロフィール
書家
華雪(かせつ)
書家。1975年京都生まれ。東京在住。1992年より、個展を中心に活動を続けながら、ワークショップも積極的に開催している。現在、東京、大阪、京都の3会場で篆刻などのワークショップを定期的に行っている。また作家活動の他、ロゴ、シンボルマークなどのデザインワークも手がける。著書に『石の遊び』2003年、『書の棲処』2006年、またデザインワークでは『成城散歩』篆刻2006年、詩の同人誌『径』ロゴタイプ2006年、『石原慎太郎の文学(全集)』題字(書・篆刻)2006年など多数。
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作品
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CREATOR WORKS 写真提供:株式会社 赤々舎
(書籍『書の棲処』より転載)
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※下段中央・右の2点は編集部撮影
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