クリームソーダと50年代の衝撃がデザイナー、森井良幸の原点。
森井さんの手がけるインテリアは、掛け値なしに面白い。けれども「単に良いデザインをするインテリア・デザイナー」として森井さんを捉えてしまうと、彼の魅力は半分しか伝わらない。森井さんには何よりも人間としての破天荒な魅力、面白さがある。端正な「和のデザイン」を手がけることも多い現在の彼からは想像もつかないが、なんと中2の頃までは、筋金入りのヤンキー少年だったのである。
「小5からサテンとゲーセンに入り浸ってる、まったくのヤンキー少年でしたね。ところが高校に入ると同時に、バンドをやる人と暴走族入る人、仲間が2つのグループに別れた。そのとき、たまたまクリームソーダというブティックの、2号店が京都にできたんですよ」
クリームソーダは日本で初めて50年代の古着に注目した、原宿発のブティック。革ジャンとアロハ、ボーリングシャツが主力商品。店のシンボルはドクロのマークという、ロカビリーな店だった。もちろんインテリアもフィフティーズ・テイストで統一。のちにピンクドラゴンと名前を改めてからは、8坪で月商1億5千万を売り上げたという伝説の店だ。もちろん森井さんも衝撃を受けた。不良の世界にハマりかけていた森井さんが、本物のロカビリー・カルチャーに目覚めた瞬間だ。森井さんは当時の様子を、こう振り返る。
「友だちの半分がパンチパーマで紅葉柄入りのTシャツを着て暴走族に入る一方で、あとの半分はリーゼントでボーリングシャツを着てバンドを組んだ。僕はリーゼントとバンドを取ったんですね。Rockとバイクどっちを取るかで、Rockが助けてくれたんです」
さっそくクリームソーダを真似て、自宅の和室を全面改装した、と回想する森井さん。黒のカッティングシートを貼って壁を市松模様に統一。床には英字新聞を敷き詰め、上から透明ビニールシートを張ったというから、のちの売れっ子デザイナーの片鱗が既に伺える。やがて当時の遊び仲間全員で京都芸術短期大学に進学。建築、設計を学びながら、バンドを組んでライブをこなす日々を送るようになる。パンクスやロカビリー連中と遊び、音楽とファッションと文化に浸る毎日。若きインテリア・デザイナー志望者、森井良幸の船出である。
プロフィール
(株)カフェ
空間デザイナー・飲食店経営/森井良幸(もりい・よしゆき)
1967年、京都府生まれ。京都芸術短期大学中退後、設計事務所、内装会社勤務を経て(株)カフェ設立。カフェ経営に携わるとともに、ブティックやクラブ、ダイニングやカフェなどの内装設計を手がける。現在は集合住宅や複合商業施設など、建築物の設計も手がけ、9店舗の飲食店を経営。代表作にクラブ「SAZAE」(大阪・梅田、2004年)、美食ダイニング「米門」(大阪・梅田、2005年)、複合商業施設「KYOUEN」(京都・京阪三条、2003年)など。
(株)カフェ
http://www.ca-fe.co.jp/