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クリエイター・ファイル10“五感を開放させるアートディレクター”八木保

良質なデザインは、“薫り”を感じさせる。

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きっかけは、パンナムアメリカンのロゴ。“デザインすること”の魅力に引き込まれた。

今回ご登場いただいたのは、世界の第一線で活躍するアートディレクター八木保さん。日本ではアパレルブランド ワールドのUNTITLEDのデザインコンセプト、INDIVIのロゴ、そして身近なところでは洋菓子メーカー アンリ・シャルパンティエのシーキューブのロゴ、パッケージデザインを手掛けた人と言えばその仕事をご存じの方も多いはず。そんな八木さんは実は、神戸出身。現在の仕事であるグラフィックデザイナーを目指すきっかけとなったのは、学生時代、何気なく行った三宮での出来事だった。

「僕の学生時代、飛行機会社のバッグを持つのが凄く流行ってたんです。三宮のセンター街に『みっちゃん(MICHAN)』っていう海外の雑貨屋があって。お店いっぱいに世界中の飛行機会社のビニールバッグが吊ってあったんだけど。そこで初めて“パンナム”のロゴに出会った時、凄く目を惹いて感動したんですよね。そのバッグを“欲しい”と思うこと以上に。真っ白のビニールにブルーで“パンナムアメリカン”て、ちょっと翼があって飛んでるようなデザインになってて。まさに世界に通用するロゴ。それを見て“造形をデザインするような仕事をしたいな”と。それがグラフィックデザイナーになろうと思ったきっかけですね」
1970年代、世間では雑誌『JJ』『宝島』『POPEYE』などが創刊。若者の中でアメリカ文化が徐々に認知され、旬のライフスタイルとして注目を浴びはじめた時代。中学生であった八木さんの目は、すでに“世界”に向いていたことがうかがえる。

周囲が高校への進学準備をはじめる時期に入り、そんな八木さんにも第一の決断のときが訪れた。
「当時、僕“デザイン”ていう言葉に、もの凄く憧れてたんですよ」
進路について最終的に決め手となったのは、この一点だったのだとか。しかし、困ったことにその頃、世間にはデザインを専攻できる専門学校というものがまだなかった。進学の候補として考えられたのは、兵庫県立神戸高校に意匠科と、まだ学校の法人許可がおりていなかったなんばデザイナー学院のみ。
「片や“意匠科”、片や“デザイン学院”でしょ。カタカナで学校の名前があるっていうのは魅力的で惹かれましたね」
“デザイン”という言葉、そして資格より外国のことを知りたいという自らの強い気持ちに突き動かされるようになんばデザイナー学院へ入学。憧れの学校へ通うための、往復4時間の通学がはじまった。

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プロフィール

Tamotsu Yagi Design

八木保(やぎ・たもつ)

1949年、神戸生まれ。浜野総合研究所での制作活動をきっかけに、1984年、エスプリ*のアートディレクターとして渡米。広告をはじめ、カタログ、パッケージ、プロダクト、ストアサイン等のビジュアルコミュニケーションを手掛け、世界中から高い評価を得る。1986年、AIGAリーダーシップ賞を受賞。1991年、Tamotsu Yagi Design(サンフランシスコ)を設立。1994年には、ベネトンの香水『TRIBU(トリブ)』ボトルデザインで、クリオアワードを受賞。100点にも及ぶデザインワークがサンフランシスコ近代美術館のパーマネントコレクションに選ばれている。デザインを通してのにも数多く取り組み、1995年には、芸術分野で活躍するアジア人に与えられる貢献賞をアメリカ政府より受賞。枠にとらわれない独自のデザインワークで、世界的に注目を集めている。
*エスプリ……世界40ヵ国640店舗を展開。メンズ、ウィメンズ、キッズへ向けた国際的カジュアルファッションブランド。

作品

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クリエイターズ・チョイス

サンフランシスコでの暮らしが気付かせてくれた。 クリエイターズ・チョイス10「日々のスタイルをつみ重ねる幸福。」