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クリエイター・ファイル9“「イラストレーター」の仕事を広げた男”佐藤邦雄

イラストレーターの黄金時代を共に創り出した先覚者。

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トップクラスの事務所へ入社するも、「作家の誇り」を選んで1年で退社。

一躍トップクラスの事務所で机を並べた佐藤青年だったが、それだけにプレッシャーも並大抵のものではなかったようだ。同期社員には世界美術全集が全部頭に入っているような京都芸大の卒業生もいて、とにかく弁が立つし絵もうまい。居並ぶ先輩は部屋の真ん中、佐藤さんは隅っこの小さな机だ。

「今竹先生の事務所は、スタジオ自体ものすごくカッコ良かった。3階建てで部屋の間仕切りはガラス張り。白と黄と赤の基本色で、白い壁で両サイドにズラッと洋書が並んでて。よく3時ごろになったらネクタイ締めて住友銀行へ行って、そのまま本店で仕事をしたんですけど、緊張してね(笑)。上司が鉛筆でレイアウトをその場で描くんだけど、その人が何ミリ罫でどのくらいのアキで線を引きたいのか、鉛筆描き1枚から全部考えなあかん」
しかも仕事中の私語は一切禁止、朝も定時に必ず出社して30分みんなで掃除。圧倒的なステータスと引き替えの、厳格な社風が今竹事務所にはあったわけだ。もちろん佐藤さんは頑張った。楕円の罫線一つ引くにも、先輩社員の誰よりも綺麗な楕円が引けるよう、粘りに粘って仕事をした。だが1年ほど勤務したあと、佐藤さんが今竹事務所と袂を分かつ、決定的な事件が起こる。
当時はデザイナーとイラストレーターが未分化な時代。今竹は手描きの広告イラストを数多く手がけるほか、画家として展覧会にも出品していた。今竹は社員にも展覧会への出品を薦めたため、佐藤さんも力作を描いてこれに応えた。事件はそこで起こった。

「僕が絵を描いて先生に見せたら、今竹先生がその絵の上から墨でマルをパッと描いて、手を入れた。僕にしたらね、何をすんねんと(笑)。それはそれで愛情表現やったんかもしらんけど、僕は僕でプライドはあるからね。先生は偉いか知らんけれども、僕も作家やから。これでは看板屋さんと同じや。それで1年で辞めた(笑)」
結局、先に今竹事務所を飛び出した友人を頼って、デザイン事務所「株式会社エーシー」に転職。そこで佐藤さんはデザイナーとして独り立ちすると同時に、大きな挑戦を始めることになる。「絵だけしか描かない仕事=イラストレーター」としての道に踏み出すのだ。





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プロフィール

(有)クニオ イラストレーター

佐藤邦雄(さとう・くにお)

1940年、大阪生まれ。高松、徳島で育つ。高校卒業後、大阪で映画の看板描きに弟子入り。63年、大阪ナンバデザイナー学院に入学。64年、今竹造形美術研究室に勤務。翌年(株)エーシー入社。1年間デザイン部に勤務ののちイラスト部へ移る。76年、イラストレーター集団(株)スプーン設立。動物を擬人化したイラストで知られ、「YOUNG JUMP」や「2年の科学」表紙など代表作多数。NHK「おかあさんといっしょ」ではキャラクターデザイン担当。現在は画業に専念、作品は「Kunio Gallery」(土曜・祝日定休)にて常設展示中。2008年カレンダーを9月25日に発売する。

作品

※クリックすると大きな画像をご覧いただけます。

  • 作品1
  • 作品2
  • 作品3
  • 作品4
  • 作品5
  • 作品6
  • 作品7
  • 作品8
  • 作品9

クリエイターズ・チョイス

大舞台で活躍した佐藤さんを支えたもの。 クリエイターズ・チョイス9「逆境を支えた山本周五郎とネタ帳」