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クリエイター・ファイル9“「イラストレーター」の仕事を広げた男”佐藤邦雄

イラストレーターの黄金時代を共に創り出した先覚者。

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無名の青年、佐藤邦雄。一念発起してデザインの頂点へ挑む。

佐藤邦雄さんには2つの顔がある。1つは、イラストレーターとしての顔。コミック雑誌の表紙などで、あの独特のユーモラスな動物のイラストを見た人は、決して少なくないはずだ。そしてもう1つの顔は、イラストレーター専門の代理店「スプーン」の、創業社長としての顔。同社は全国規模で見ても最大手のイラスト代理店で、JAMと佐藤さんの接点もこのスプーン。「スプーンと取引が一度もない」というデザイン会社が関西にあれば、それはモグリだ。イラストレーターと社長業、両方で輝かしいプロフィールを持つ佐藤さんだが、もちろん最初は全く無名の青年。四国の片田舎で土木科の高校に通っていた。
「でも土木科って理数系でしょ。足し算引き算よう間違うて、僕にはおうてへん(笑)。で、高校卒業してしばらく家にいて、魚釣りとかそんなんして。仕方なしに、映画の看板描きしてた親父の紹介で、僕も看板描きに弟子入りした。ミナミの映画館はほとんどやったな。でも、下書きしたベニヤ切り抜いて下塗りして渡す、下働きみたいなことばっかり。絵ぇは描いてなかった。そのうち映画産業が下火になって、年月は経つし、うだつ上がらんし、どうしようもない。で、ボロアパート帰って自分で絵を描いて、自分はほんまに絵が好きなんやな、なんでもええから絵が描けれたら、貧乏でも有名にならんでもええわって思った」

これからは手描き看板でなく印刷の時代が来る、看板でなくポスターの時代だ。そう思った佐藤さんは一念発起、大阪ナンバデザイナー学院に入学。背水の陣で挑み、日々すさまじい枚数を制作した。卒業制作もB全で3枚を描ききったという。
その甲斐あって、卒業時にデザイン事務所を紹介してもらった。商業デザインの大家、今竹七郎率いる「今竹造形美術研究室」だ。今竹は輪ゴムの「オーバンド」や「メンソレータム」のパッケージをはじめ、関西電力や乃村工藝社など数々の社章を手がけた大御所。住友銀行(現:三井住友銀行)や住友化学、東洋レーヨン(現:東レ)などで専属ADを務める一方、雑誌『アイデア』の創刊にも協力。当時、今竹に広告を依頼することは、企業のステータスシンボルですらあった。四国から出て来た無名の映画の看板描きの青年が、一躍トップ・クリエイターの事務所にまで駆け上がったのである。

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プロフィール

(有)クニオ イラストレーター

佐藤邦雄(さとう・くにお)

1940年、大阪生まれ。高松、徳島で育つ。高校卒業後、大阪で映画の看板描きに弟子入り。63年、大阪ナンバデザイナー学院に入学。64年、今竹造形美術研究室に勤務。翌年(株)エーシー入社。1年間デザイン部に勤務ののちイラスト部へ移る。76年、イラストレーター集団(株)スプーン設立。動物を擬人化したイラストで知られ、「YOUNG JUMP」や「2年の科学」表紙など代表作多数。NHK「おかあさんといっしょ」ではキャラクターデザイン担当。現在は画業に専念、作品は「Kunio Gallery」(土曜・祝日定休)にて常設展示中。2008年カレンダーを9月25日に発売する。

作品

※クリックすると大きな画像をご覧いただけます。

  • 作品1
  • 作品2
  • 作品3
  • 作品4
  • 作品5
  • 作品6
  • 作品7
  • 作品8
  • 作品9

クリエイターズ・チョイス

大舞台で活躍した佐藤さんを支えたもの。 クリエイターズ・チョイス9「逆境を支えた山本周五郎とネタ帳」