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クリエイター・ファイル7“優雅を知るメイクアップ・アーティスト”三橋ただし

「華麗なるメイクで人を彩る、エレガンスの伝道師。」

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鏡台の前でめかし込む母を見て、化粧を覚えた道楽三昧の日々。

ここに2枚の写真がある。一枚は50年代のハリウッド女優のようなアンニュイな女性、もう一枚は上戸彩のような、イマドキの活発で愛らしい女性の写真だ。だが、二枚とも同一人物を写したもの。なのに、そこから受ける印象は真逆に近い。一人の女性の顔立ちを、その個性を殺すことなく、全く違う彩りと表情に変えてしまう。三橋ただしさんは、そんなマジックにも似たメイク術を誇るアーティストだ。
CMやポスターの撮影で、毎日のようにメイクを担当。ヘアカットもメイクもこなす。人呼んで「エレガンスの伝道師」。雑誌『SAVVY』の編集長が名付けた異名だ。カメラマンからの信頼も厚く、JAMとのつきあいが始まったのも、Clippin' JAM Vol.03に登場したカメラマン、野波浩さんの推薦。「関西で一番うまいヘアメーク」と紹介されたのがきっかけだ。だが、そんな業界の第一人者も、メイクは完全に独学。
「現在のようにメイクの専門学校などない時代でしたから。美容院で五年勤めたので髪のテクニックはありましたが、メイクは独学。だからずっと自分のやり方に、疑問を持ちながら仕事を続けてきました」
そんな三橋さんの原点は、子ども時代にある。三橋さんが育ったのは、当時としては比較的裕福な企業経営者の家庭。小学生の頃から母親に手を引かれ、歌舞伎や呉服店、宝飾店へ。中学に上がるとオペラにも通った。行事や芝居のたびに鏡台で、めかし込む母親の手つきを見て育ち、いつしか化粧の手順は覚え込んでしまった。映画三昧に日舞の稽古と、浴びるほど美しいものを見て育った。いまや日舞では名取だ。
「上流なら上流らしく、お金があったら使うのが美徳。そんな美意識の中で育ちましたね。私がデザイン画を描いた服を、母はそのまま仕立てて着てくれた。あれは本当に嬉しかった」
美容師となって働くうち、来店したカメラマンに誘われてメイクの現場に立つことになったのも、いわば必然だったかもしれない。疑問を持ちながら続けてきた仕事にも、いまは手応えを感じている。自分のやってきたことは、ひょっとすると正しかったのかもしれない、と。自信は確信へと変わり、いまではホテルを会場にしたメイクアップ・アカデミーも開講。後進の指導にもあたっている。

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プロフィール

メイクアップ・アーティスト

三橋ただし(みつはし・ただし)

大阪生まれ。1974年、美容師免許を取得し、79年まで美容室勤務。以降フリーのメイクアップ・アーティストとなり、92年「ただし事務所」設立。関西を中心に広告やCM、雑誌の撮影でメイクアップを担当。ナチュラルメイクのテクニックには定評があり、化粧品メーカーとタイアップした商品開発の経験も。
著書に『三橋ただしMAKE-UP BOOK - 花の心 花の力 - 』、ビデオに『三橋ただし MAKE-UP VIDEO - 花やかに年をかさねるために - 』。

作品

※クリックすると大きな画像をご覧いただけます。

  • 作品1
  • 作品2
  • 作品3
  • 作品4
  • 作品5
  • 作品6
  • 作品7
  • 作品8
  • 作品9

クリエイターズ・チョイス

ストラビンスキーの直筆書簡から、チープなおもちゃまで。 クリエイターズ・チョイス7「永遠の美を追求するコレクション。」