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クリエイター・ファイル3“自らのカオスを見つめるフォトグラファー”野波浩

「ストーリー性なんて考えてない。理屈より感じることが大切やから。」

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唯一無二。見る者を引き込む“光と影”野波ワールド誕生の軌跡。

野波さんとストリート写真と聞けば、相反するものを感じる人もいるかもしれない。
野波さんは学生時代から写真のドキュメント性に魅力を感じ、スタッフカメラマンになった後も、スタジオの行き帰り、鶴橋駅で電車から降りては大阪の街を写し続けていた。「街なかの“汚いところ”が好きで」と語る野波さん。それは『写真は“真実を写すもの”』と定義づけていたからだ。

作品カレンダー写真もちろん、今もその定義づけは野波さんの中に息づいている。しかし、プロのカメラマンとなった時、もうひとつの定義づけが加わったという。それは、『写真は“写してから真実になるもの”』ということ。例えば、商品撮影。カタログ掲載用の新商品の写真に使われるのは、試作段階であるダミー。しかし、そのダミー商品も、撮影をし、やがて印刷物になれば、本物の像として扱われる。
「真実を写すことも、写すものを真実にすることも“その瞬間を切り取る”ことにおいてはどちらも同じ。それなら自分の中にあるものを撮ってもそれは真実と言えるんじゃないか」。このことに気付いた時、野波さんの中で写真に対する考えがガラリと変わり、今日の創作活動のヒントを導くきっかけとなった。

マレーシアで撮った写真30代初め、野波さんは年に数回、カメラ片手に仲間と海外旅行に出掛けており、その年は、マレーシアでの休暇を楽しんでいた。「普段から広告以外は全部ストリート写真ばかり撮ってたのもあるし、気晴らしに行ってるから頭の中には何もないわけやん。それで街の風景を30本くらい撮って。でも、帰国後、撮ってきたポジ(カラー)を現像してみたら、満足とは程遠い出来で落ち込んでた」

「でもその2、3週間後、仕事が入ってきて、作業スペースを片付けようとポジをふと見たとき“あれ?これなんか懐かしいな”というものが見えて。でも、それが何なのかは、その時はよく分からなかったから、試しに全部モノクロプリントしてみた。すると“あれ?かっこいいじゃん!”っていうのが見えてきた。そこで思ったのが、人間、何も考えずに、体が勝手に動いてる時は、一番純粋な自分が見えてくるんやな、と」

作品写真2「結局、俺は学生時代から生理的にモノクロの目で物を見ながら撮ってたから、その時も使い古してる“光と影”で情景を見ていて。中には“確か、これは色が面白かったからシャッター押したはず”なのに、モノクロでもかっこいいものがある。それなら、その情景が印象として残ってたらいいんちゃうの?て思い込んだわけ。だから、モノクロの中に自分の印象に残った色だけを入れようと思った」

そう言って、野波さんは原点の1枚を見せてくれた。「どんなことをやればいいのか分からなかったから、とりあえず色々やってみて、ああこれなのかなと思った」

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プロフィール

Studio No・ah:フォトグラファー/アーティスト

野波浩(のなみ・ひろし)

1954年、島根生まれ。大阪写真専門学校卒業後、株式会社新光美術写真部のカメラマンに。1979年に独立し、Studio No・ahを設立。
CG処理などは行わず、すべて手作業により生み出される作品の数々は、濃密かつ幻想的。唯一無二の世界観が漂う。代表作に、1993年 写真集『ABYSS』、1995年 写真集『EUREKA』、1997年『CHAOS』、2004年 写真集『MOUSA』。芸能・音楽業界にも多くのファンをもち、1995年 LUNA SEA写真集『ZOE』、1999年 江角マキコ写真集『E-MODE』を出版。現在、いのうえ歌舞伎(劇団☆新感線)、 宝塚歌劇団等の写真を手掛けるなど、多方面で活躍。日本のみならず、アメリカ、ベルギー等、海外からも高い評価を受けている。

野波浩オフィシャルウェブサイト

作品

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