歴史を紡ぐ町とアートが交錯する。なつかしく美しい不協和音を体感。
アートの祭典BIWAKOビエンナーレは、今回で3回目の開催になる。近江八幡での開催は2回目で、国内外のアーティストたちが「風土 - GENIUS LOCI(ゲニウス ロキ:八百万の神)」のコンセプトのもと、使われなくなった古い商家や民家、酒蔵などに作品を展示。週末にはパフォーマンスやコンサート、シンポジウム、ワークショップなども開催している。この町の、時の流れを静かに見守ってきた歴史ある建物をステージに、この土地固有の風土、すなわち万物に宿る八百万の神(木々や、風、水、ときには気配など)の声に耳を傾け、土地を敬う心を今一度取り戻そうという試みだ。町のあちこちに、個性的なアート空間が点在する。アーティストたちの作品を楽しみながら、天を突く古木や、古民家の美しい格子戸を眺め、土間石のなめらかな感触や、すり減って丸みとツヤを帯びた急勾配の階段などに、直接触れることができる。
歩く、のぞく、感動する。この町で、受け身のアート鑑賞は成立しない。
近江八幡旧市街地周辺は、風情のある石畳や、江戸の名残りが濃厚な町並みがとても美しい。かつては近江商人が駆け抜けたであろう町々の辻を、アート好きな、好奇心にあふれた老若男女が行き交う。小さな屋形船が浮かぶ八幡堀は、この町を東西に走り、琵琶湖へと通じる。戦国の時代、豊臣秀吉の後継者といわれた豊臣秀次が町の商業発展のために掘った運河だ。この人物は、秀吉に翻弄されたあげく非業の死を遂げるのだが、武将ながら芸能事を好む風流人だったという。このアートの祭典が、彼が愛し繁栄を望んだ土地で行われているというのも、ちょっと感慨深い。その運河の水運を利用して畳問屋を営んでいたのが喜多利(きたり)邸で、BIWAKOビエンナーレ事務局とカフェスペースが設けられている。坪庭を囲む3つの建物で構成され、10人のアーティストが建物や庭などを活用して作品を展示している。広い土間の右手は、重厚な土蔵のギャラリーだ。高見晴恵さんの作品は、コピー用紙(まるで和紙のように見える)を紙風船のように造形したものを、床一面にびっしり、敷き詰めている。時が止まったような土蔵の中、静寂とともにやわらかな気配がある。「時間」を感じるためのアートだそうだ。戸口に開けた穴から、中をのぞいて作品に目を凝らす。手前から奥へ、そして左右へ視線を走らせる。そういったことも計算されたうえでの、作品だという。見る者のアクションが要求されるのも、このビエンナーレ出展作品に共通する面白い鑑賞スタイルなのだ。
喜多利邸でいちばん広いエリアを陣取り、なんとも幻想的な雰囲気を醸しているのが、小板橋慶子さんの作品だ。遠目には薄い布か和紙を、障子紙の代わりに張り付けているように見える。これが実は、蚕の繭を薄く薄く広げたものなのだ。そっと触れると、かなり強い。粗い絹糸のようなものだから当然だ。ところどころに繊維の塊があり、そこから派生するように幾本もの細い繊維が伸びて、一枚の障子を形成する。例えてみると、脳のニューロンから伸びるシナプスのようにも見え、生き物のような迫力に満ちている。ただ、部屋全体をこの繭の繊維で囲んでいるため、部屋の中に立つとなにか守られているような気持ちになる。繭の障子は部分的に天然の染料で着色されていて、薄い赤や青の光が入り混じり、古い畳を照らしている。
蚕の繭を素材にしたのは、初めてではないという。彼女の出身地、群馬は養蚕が盛んで、自分のルーツを大切にしたいという気持から、蚕の繭を素材に選んだのだそうだ。繭を煮込んで解し、紡がずに薄く広げていく。すべて手作業。また、喜多利邸の庭の枯れ木を繭の繊維で大きく包みこみ、八畳間の中央にオブジェとして配している。その高さは軽く2メートルぐらいあっただろうか。小板橋さんは美しく小柄な女性だが、その製作スタイルは、なかなかパワフルなのだ。彼女の作品は、優しげで儚く、それでいて強さとたくましさを持ち合わせているようで、でき過ぎというくらい、小板橋さんその人を表しているように思えた。

時間の許す限り、町を歩いた。旧吉田邸やカネ吉別邸、旧伴家住宅など、主要なギャラリーを堪能して思ったのは、ぬくもりを感じる作品が多いということ。国内の若手アーティストから国際的に活躍している著名なアーティストまで、どの作品にも暖かさがあるのだ。例えば、旧伴家住宅のガブリエラ・モラウェツさんとパンチョ・キリシさんのコラボレーション作品は、八幡山で採れた竹で五角形の骨組みを作り、それを綿で覆った巨大な筒状のオブジェ。寝かせてあるので人が頭から入っていくと、先細りの筒の先端から、外に設置されている映像を見ることができる。通常は作品の中に入っていくことはできないが、白い綿に囲まれ、自己の内面を見つめるのがテーマなのだそうだ。自分回帰。しかし見た目は少々ユーモラスで楽しくなる。人の心に優しいアートだな、と感じた。
カネ吉別邸では、石田智子さんの、「紙縒(こより)」と鏡を使ったアートが印象的だった。とても重厚な扉のついた蔵(商家だった当時、金庫のような役割をしていた)の床に、円形の鏡。その上に、紙縒がまるで生えているかのように密集して置かれている。不思議な植物のように。入口の正面にある格子窓から、やわらかな陽ざしが幾筋にもなって紙縒の群生に降り注いでいる。古い蔵と、紙縒の群生。光と紙の音が聞こえてきそうな、日常を遠く離れた空間だ。古い木と、紙と、光の、有機的なパワーで、心の中が暖かくなった。
アートが風土を変える、育む。ふり返れば、八百万の神々がほほえむ町。
アートのぬくもり、手作業のぬくもり、古民家のぬくもり、近江八幡という土地が持つぬくもり。アーティストから、なごみの境地を教えてもらったかのような、不思議な感覚だ。それは、このビエンナーレのコンセプトに共感した人たちが持つ、共通の想いなのだろうか。
発起人であり、総合ディレクターである中田洋子さんは、古い商家や民家が使われないまま老朽化していく様を目の当たりにして、これがあるべき姿なのか?と疑問を持ったという。海外生活が長く、ヨーロッパの都市が土地の個性を守り続けているのを日常的に目にしている彼女は、自分の故郷が加速度的に変貌していくことに危機感を覚えたのだろう。古きを知って、新たな風土を模索する、そういう展望が「風土 - GENIUS LOCI(ゲニウス ロキ:八百万の神)」に込められているのだそうだ。ここから、今から、近江八幡の風土が新たに刻まれいくのだろう。そういう気配は、確かにあった。
アートは、五感を刺激する。敏感になった感覚で、町を味わうことができる。アートと人、そして歴史をつなぐ建物や道、風景、すべての相乗効果がもたらす、そのダイナミックな満足感は、この地に暮らす人や訪れる人にとって、忘れられない光景であり感情になるだろう。アートを育む古き良き町、そんな近江八幡の、新たな始まりを感じた。町がアートを育み、アートが町を育む。双方向性を持つこの祭典は、偉大なる未来へ、その第一歩を踏み出したと言えるだろう。
Text : Kotoha Hirano Photo : Jin Ohsio
インフォメーション
BIWAKOビエンナーレ2007 風土 - Genious Loci -
会期:2007年9月30日(日)〜11月18日(日)
場所:滋賀県近江八幡市
主催:NPO法人エナジーフィールド
共催:近江八幡市
入場料
大人1,500円(前売:1,300円)
大学生・高校生1,300円(前売:1,100円)
中学生・小学生800円(前売:600円)
当チケットで旧伴家住宅、かわらミュージアムの展示もご覧いただけます。ローソン(Lコード52541)、近江八幡駅北口観光案内所、旧伴家住宅、旧吉田家、カネ吉別館、喜多利亭にて取り扱っています。
参加作家
二名良日、西田明夫、北川健次、市川平、竹田直樹、中川佳宣、山中透、石田智子、井上信太、津田直、片桐功敦、久住有生、平垣内悠人、堀江崇、田中太賀志、大舩真言、田中哲也、田辺磨由子、小板橋慶子、満田享、亀井麻里、辰巳嘉彦、サージ+ヨージ、高見晴恵、松尾郁子、斎藤寛、嶋田健児、イーサー、ジャン・ピエール・テンシン、ガブリエラ・モラウェツ、パンチョ・キリシ、エリザベス・オジェ、チェ・ウラム、シュテラ・ゲッペルト、ヨーゼ・スラク
オフィシャルサイト
ムービーギャラリー
※再生ボタンをクリックすると映像をご覧いただけます。
上:14.8MB 下:14.8MB
喜多利邸
八幡堀に面した元畳問屋。2つの家屋と土蔵からなる。夜は灯籠に灯りが点り、違った雰囲気で鑑賞できる。ふすま絵や欄間の細工も美しい。10人のアーティストの展示が見られる。
旧伴家住宅
商家だった建物を、その後小学校や役場、女学校などに転用。2階の大座敷は、なるほど教室のような雰囲気だ。広い土間では料理実習などがあったという。現在は市立資料館。
カネ吉別邸
元は材木商の商家。築約100年。広めの土間も、吹き抜けを利用したギャラリースペースになっている。音や、光を利用した作品が楽しめる。
西勝酒造 搾り蔵
西勝酒造は創業280年の酒造元。かつての搾り蔵がギャラリーとなり、200平方メートルほどの大空間に大舩真言さんの作品が一点、展示されている。暗さを活かした蔵内部は、空間そのものを作品化しているという。タイトルは「記憶の果て」。誘導路に沿って作品に近づいていくと、まるでずっとそこにあったかのように、空間の一部となって闇にとけ込んでいるのだ。「場の記憶」を最大限に引き出すのが狙い。全身で鑑賞したい作品だ。
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