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2012年01月24日のエントリー

園子温監督『ヒミズ』の絶望

古谷実のマンガ『ヒミズ』は紛うことなき絶望の物語だった。逃げ場などない。正真正銘の絶望だ。実写化することに意味なんかない。そう思わせるほどに「リアルな絶望」だったといってもいい。けれども、これを原作に選び映画化したのは園子温である。過剰性を捨ててリアルに傾斜していったように見える古谷実とは、ある意味で正反対のベクトルを持ったキャラクターである。当然のように園子温は「過剰」であり続けている。

原作が持っていた不気味で静かに這い上がってくるような緊張感は、映画では怒涛のように圧倒してくる緊張感に翻訳されている。ほとんどそのままの台詞、ほとんどそのままの展開を軸にしながら、もはや園子温節といっていい台詞の奔流、多面性を排除してグロテスクにデフォルメされた人間性、過剰に付加された物語が観る者を圧倒するべくスクリーンの向こうからドロドロとのしかかってくる。おかげで観ていると酷く疲れる。

園子温が描くあまりに隙のない「絶望」は、原作のリアルを超えてほとんどファンタジーの域に達している。ただただ「普通」を望む住田は中学生にしてあらゆる「普通」から締め出され、世界からほとんど完璧に否定される。そこに茶沢さんというとても普通とはいえない女の子が、住田をほとんど完璧に肯定する存在として登場する。底辺を這いずるようなデストピアに産み落とされた少年と少女の、絶望的なボーイミーツガール。

主演の染谷将太と二階堂ふみがベネチアでマルチェロ・マストロヤンニ賞を獲ったというのもさもありなん。いいダシ出すぎなオトナの俳優陣に囲まれながら十分以上の存在感を見せつけている。泥に塗れ、涙に塗れ、抗い難い不運と閉塞感に塗れたギリギリの青春が、ふたりの演技を通して胸にギリギリと捻じ込まれてくる。脇を固める助演オールスターも好い。無理に原作のキャラを再現せずオジサンたちで固めたのは正解だろう。

原作で主人公の住田を取り巻いていた同級生たちは、ヒロインの茶沢景子を除いて、映画版では震災ですべてを失った大人たちとして登場する。あの震災を物語の背景に取り込んだのは大きい。是非はあるにしろ、これよって「絶望」に対するこの作品の態度は、ほとんど決定されたといっていい。3.11以降に生まれたもうひとつの『ヒミズ』として、原作と一対の物語として、なるべくしてこうなったんだろう。…そんな風に思える。

映画『ヒミズ』公式サイト

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